福岡県青少年保護育成条例事件

最高裁判所判例
事件名 福岡県青少年保護育成条例違反
事件番号 昭和57(あ)621
1985年(昭和60年)10月23日
判例集 刑集第39巻6号413頁
裁判要旨
 一 一八歳未満の青少年に対する「淫行」を禁止処罰する福岡県青少年保護育成条例一〇条一項、一六条一項の規定は、憲法三一条に違反しない。
二 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解すべきである。
大法廷
裁判長 寺田治郎
陪席裁判官 木下忠良伊藤正己谷口正孝、大橋進、木戸口久治牧圭次和田誠一安岡満彦角田礼次郎矢口洪一島谷六郎長島敦高島益郎藤島昭
意見
多数意見 寺田治郎、木下忠良、大橋進、木戸口久治、牧圭次、和田誠一、安岡満彦、角田礼次郎、矢口洪一、長島敦、高島益郎、藤島昭
意見 牧圭次、長島敦
反対意見 伊藤正己、谷口正孝、島谷六郎
参照法条
福岡県青少年保護育成条例10条1項、16条1項、憲法31条
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福岡県青少年保護育成条例事件(ふくおかけんせいしょうねんほごいくせいじょうれいじけん)とは青少年保護育成条例が規定する淫行規定(淫行条例)が日本国憲法第31条罪刑法定主義に反するかが問われた憲法訴訟[1]

概要

1981年7月13日午後3時頃に26歳の料理店の男性店員Xは福岡県のホテルの客室で16歳の女性Yを18歳未満と知りながら性交したとして、18歳未満の青少年への淫行に刑事罰を規定した青少年保護育成条例淫行条例)に違反したとして起訴された[2][3][4]。なお、Xは1981年3月下旬ころに、中学校を卒業したばかりの初対面の女性Yをドライブに誘って海岸で駐車させた自動車の中で「俺の女にならんか」と言っていきなり性交したのをはじめ、1981年7月13日の案件までに少なくとも15回以上も主に車の中やXの家で女性Yと性交を重ね、しかも2人が会っている間はもっぱら性交に終始しており、結婚の話などをしたことは全くなく、1981年7月13日の案件の場合も同様であり、その後も5、6回性交していた[3][5]

1981年12月14日小倉簡裁は被告の主張に判断を示さないまま罰金5万円の有罪判決を言い渡した[6]。被告側は控訴したが、1982年3月29日福岡高裁は「心身の未成熟な青少年に対して淫行が悪影響を与えることが多いことに照らすと、各地方公共団体がその地域の実情に応じて条例で青少年との淫行を禁止、処罰しているのは合理的」として控訴を棄却した[6]。被告側は「淫行という行為の概念が不明確であり、刑事処罰法文の明確化を規定した日本国憲法第31条に違反する」「民法上の女性の婚姻年齢が16歳[注 1]なのに18歳未満の場合は禁止するのは年齢による不当な差別」として上告した[6][7]

1985年10月23日最高裁大法廷は18歳未満の青少年への淫行に刑事罰を規定した青少年保護育成条例(淫行条例)について「一般人の社会通念に照らして」としながら、青少年に対し「不当な手段による性行為」「自分の性的欲望を満足させるだけの性行為」に及んだ場合だけ「淫行」として処罰できるとして日本国憲法第31条に違反せず合憲として上告を棄却し、被告の有罪が確定した[8]。15人中12人による多数意見であり、牧圭次長島敦の2判事の補足意見と、「淫行」の規定に明確性を欠くとして無罪とする伊藤正己谷口正孝島谷六郎の3判事の反対意見がある[9]

脚注

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注釈

  1. ^ 2024年4月1日以降の日本では18歳未満の女性の法律婚が不可能となっているが、1981年当時の民法では女性の婚姻可能年齢は16歳であり、16歳から19歳までの未成年者の女性は片親の同意があれば婚姻できた。女性の婚姻可能年齢を16歳から18歳に引き上げて成人年齢を20歳から18歳まで引き下げる民法改正規定が2022年4月1日から施行されたことを受け、法改正施行時における16歳と17歳の女性には旧規定の経過措置が2024年3月31日まで適用されることを除き、18歳未満の法律婚が不可能となった。

出典

  1. ^ 憲法判例研究会 (2014), p. 242.
  2. ^ 柏崎敏義 & 加藤一彦 (2013), p. 223.
  3. ^ a b 長谷部恭男, 石川健治 & 宍戸常寿 (2019), p. 240.
  4. ^ 須賀博志. “福岡県青少年保護育成条例事件 第一審判決”. 憲法学習用基本判例集. 京都産業大学. 2024年4月20日閲覧。
  5. ^ 須賀博志. “福岡県青少年保護育成条例事件 控訴審判決”. 憲法学習用基本判例集. 京都産業大学. 2024年4月20日閲覧。
  6. ^ a b c 「青少年育成条例のわいせつ規定、最高裁大法廷で憲法判断へ」『朝日新聞朝日新聞社、1985年4月4日。
  7. ^ 「青少年条例、初の憲法判断へ――「わいせつ行為」最高裁大法廷で審理。」『日本経済新聞日本経済新聞社、1985年4月4日。
  8. ^ 「“若い性”処罰に厳しい枠、青少年保護条例最高裁判決――人権配慮、基準絞る。」『日本経済新聞』日本経済新聞社、1985年10月23日。
  9. ^ 永田憲史 (2010), p. 157.

参考文献

  • 清水英夫、秋吉健次 編『青少年条例―自由と規制の争点』三省堂、1992年7月。ASIN 4385313342。doi:10.11501/13103664。ISBN 4-385-31334-2。 NCID BN07866541。OCLC 674430271。全国書誌番号:92053336。 
  • 藤井誠二『18歳未満『健全育成』計画 : 淫行条例と東京都「買春」処罰規定を制定した人々の野望』現代人文社、1997年12月。ASIN 4906531393。ISBN 4-906531-39-3。 NCID BA34828204。OCLC 676232328。全国書誌番号:99010675。 
  • 憲法判例研究会 編『憲法』(増補版)信山社〈判例プラクティス〉、2014年6月30日。ASIN 4797226366。ISBN 978-4-7972-2636-2。 NCID BB15962761。OCLC 1183152206。全国書誌番号:22607247。 
  • 柏崎敏義、加藤一彦 編『新憲法判例特選』敬文堂、2013年4月。ASIN 4767001978。ISBN 978-4-7670-0197-5。 NCID BB12163681。OCLC 847715306。全国書誌番号:22357042。 
  • 戸松秀典初宿正典 編『憲法判例』(第8版)有斐閣、2018年4月。ASIN 4641227454。ISBN 978-4-641-22745-3。 NCID BB25884915。OCLC 1031119363。全国書誌番号:23035922。 
  • 永田憲史 著「109. 刑罰法規の不明確性と広範囲性(福岡県青少年保護育成条例事件)」、佐藤幸治、土井真一 編『憲法』 2巻《基本的人権・統治機構》、悠々社〈判例講義〉、2010年4月1日。ASIN 4862420133。doi:10.32286/00026096。ISBN 978-4-86242-013-8。 NCID BB01867048。OCLC 836288002。全国書誌番号:21750875。 
  • 長谷部恭男石川健治宍戸常寿 編『憲法判例百選』 2巻(第7版)、有斐閣〈別冊ジュリスト〉、2019年11月29日。ASIN 464111546X。ISBN 978-4-641-11546-0。 NCID BB29262076。OCLC 1130124943。 

関連項目